2025.02.27 第16回衛生コラム 新たな食中毒細菌による食中毒

アルちゃんが、食品衛生に対する疑問を専門家の先生にお尋ねします!

第16回 衛生コラム

新たな食中毒細菌による食中毒

 
 

 今回は、新たな食中毒細菌による食中毒について、星薬科大学薬学部 教授の工藤由起子先生に伺いました。


はじめに
 


 食中毒は時代によって流行や傾向があり、新たな微生物による食中毒も発生しています。近年では、2003年に新種命名されたEscherichia albertiiやこれまであまり認識されていなかった腸管凝集性接着性大腸菌耐熱性エンテロトキシン(EAST1)遺伝子(astA)保有大腸菌による食中毒が発生し、また、これまで病原性が知られていなかった大腸菌による食中毒も注目されています。これら新たな食中毒細菌の情報をご紹介します。


1.新興食中毒細菌 Escherichia albertii
 


 E. albertii(エシェリキア・アルバーティ)は、1991年バングラデシュで小児下痢症患者から初めて分離され、2003年に新種として正式に発表された菌種です。生化学性状では、キシロース、ラムノース、メリビオース、乳糖、白糖などの糖を発酵しない(一部の株では発酵)、運動性が37℃培養下で陰性、硫化水素非産生などが特徴として挙げられます。また、腸管出血性大腸菌や腸管病原性大腸菌の保有する接着因子であるインチミンの遺伝子(eae)やカンピロバクターなどが保有する細胞膨化致死毒素の遺伝子(cdt)が保有されることから、病原因子として、これらの因子や毒素が関与していることが考えられています。
 本菌による集団食中毒は、海外での報告は現在のところ知られておらず、発生状況については不明ですが、日本では表1に示す事例が報告されています。このうち、2016年に発生した修学旅行中の高校生200人以上が食中毒になった事例では、飲食店で喫食したニガナの白和が原因でした。主な症状は、下痢、腹痛、倦怠感、頭痛で、潜伏期間は約33時間と報告されています。この事例も含め、日本の事例では、食中毒調査によって原因となった食事が判明しても原因となった食材が判明することはあまりありません。しかし、動物や環境などの汚染状況調査が行われており、アライグマやイタチなどの野生動物、豚や鶏などの家畜・家禽、セリなどの野菜、河川水などから本菌が分離されたことが、報告されています。食中毒防止対策として、本菌は日本の環境に広く存在することが考えられ、食肉、野菜などが汚染されている可能性の認識を持つことが大切です。

 

  表1 日本でのEscherichia albertii食中毒発生事例



2.astA 保有大腸菌
 


 astA保有大腸菌は、他の病原因子を同時に保有する株もありますが、ここでは他の病原因子を保有しないastA単独保有のものを対象としています。E. albertiiと同様に、本菌による集団食中毒は、海外での報告は現在のところ知られておらず、日本では表2に示す事例が報告されています。このうち、2020年に発生した小中学校の給食を喫食した約3,000人が食中毒になった事例では、海藻サラダに使用された赤杉のりが原因食材でした。原因食材が不明な食中毒事例が多いところですが、この事例では、地方自治体の調査能力に加えて、他地方自治体との連携も功を奏したものと考えられます。主な症状は下痢、腹痛、発熱等で、潜伏期間は約24時間と報告されています。astA保有大腸菌は、さまざまな家畜や食品から分離され、健康な人からも分離されることも珍しくありません。病原因子がEAST1だけではない可能性も考えられ、今後の研究成果が待たれるところです。


  表2 日本でのastA保有大腸菌食中毒発生事例

 

 


3.非定型病原大腸菌


 食中毒を引き起こす病原大腸菌は、腸管毒素原性大腸菌、腸管病原性大腸菌、腸管出血性大腸菌、腸管侵入性大腸菌、腸管凝集性大腸菌、その他の病原大腸菌(astA 保有大腸菌を含む)などが知られていますが、それらに含まれない非定型病原大腸菌による食中毒も発生しています。ここでは2021年に発生した大腸菌OgGp9:H18の事例についてご紹介します。小中学校や保育所等の児童等約1,900人が食中毒になり、その原因は学校給食で提供された牛乳でした。患者の主な症状は腹痛、下痢、発熱でした。患者便と牛乳から分離された大腸菌は、遺伝子型別によって血清型がOgGp9:H18であることが判明し、その大腸菌は患者便と牛乳中で優勢に存在しており、また、それらの大腸菌は同一クローンであることが確認されました。この大腸菌は、大腸菌で知られている主な病原因子を保有していませんでしたが、動物試験によって病原性が確認されました。今後、病原因子の解明が待たれるところです。

 


終わりに

 

 ご紹介したE. albertiiastA保有大腸菌は動物や環境で生存しており、家畜が保菌、または野菜、水などが汚染されている場合もあることが報告されています。また、非定型病原大腸菌も同様であることも考えられます。しかし、これまでに知られている病原大腸菌に対する対策と同様の条件でこれらの細菌の制御が可能であることが推察されます。食品を取り扱う前には手洗いをする、洗浄などによって清浄化した食材や器具を使用する、食材を十分に加熱して早く冷却して低温で保管する、など一般的なことが重要です。また、製造の現場では、急にいつもよりも多く製造したり材料や機器を変更して製造する場合は、微生物制御が十分できているか注意することによって、食中毒発生リスクを低減化することができると考えます。


  






――ありがとうございました。