アルちゃんが、食品衛生や感染症に対する疑問を専門家の先生にお尋ねします!
第14回 衛生コラム
食品由来感染症のトピックス
前 一般財団法人日本食品分析センター 学術顧問 仲西 寿男 先生
今回は食品由来感染症(食中毒)の現状と、原因となるウイルスや細菌について、前 一般財団法人日本食品分析センター 学術顧問の仲西寿男先生にお話を聞きました!
1.食品由来感染症(食中毒)の現状は
コロナパンデミックが登場した2020年以降、事例数および患者数は減少した。3密を避けるため集団での会食や外食の減少、同時に緊急事態宣言やまん延防止措置による飲食店の営業自粛を反映したと考えられる。
厚生労働省食中毒統計によると、事例数および患者数は2019年(1,061件および13,018人)、2020年(887件および14,613人)、2021年(717件および11,080人)、2022年(962件および6856人)および2023年(1,021件および11,803人)で、2023年は増加に転じた。
2019~2023年食中毒発生状況
厚生労働省食中毒統計より作成
起因微生物別の事例数および患者数は年度ごとに増減するが、毎年ノロウイルスとカンピロバクターは多い。
主な病因物質別にみた事件数の推移(2014~2023年)
厚生労働省食中毒統計より作成
ちなみに2023年の事例数および患者数はノロウイルス(163件および5,502人)、カンピロバクター(211件および2,089人)、ウエルシュ菌(28件および1,097人)、サルモネラ(25件および655人)、黄色ブドウ球菌(20件および258人)および腸管出血性大腸菌(19件および265人)であった。なお、寄生虫は432件、441人であった。
2023年食中毒発生状況
厚生労働省食中毒統計より作成
アメリカでは、CDCが「診断される症例はごく一部であり、毎年およそ6人に1人のアメリカ人(4,800万人)が食中毒で病気になり、128,000人が入院し、3,000人が死亡している」と推定している。この数値は食品由来感染症の重要性を強調している。
厚生労働省は、食中毒対策として大量調理施設衛生管理マニュアルの改正(2017年)を行い、重要管理事項として、高齢者、若齢者および抵抗力の弱い者に野菜・果物ほか非加熱食品を提供する場合は消毒・殺菌を行うことや、調理従事者のノロウイルス対策の強化(健康状態の報告と記録、10月~3月には月1回以上の検便検査の実施、無症状病原体保有者は陰性確認まで調理に従事しないなど)が新設された。また、2018年には食品衛生法を一部改正し、広域食中毒への対応強化やHACCP(ハサップ)に沿った衛生管理の制度化などを行うこととした(詳細は衛生コラム第2回および第3回を参照のこと)。
欧米では、リステリアや腸管出血性大腸菌O157、サルモネラを殺菌する食品用ファージ製剤が認可され、食肉等へ噴霧して使用されている。
2.注目される食品由来感染症
ノロウイルス
感染経路は、ヒト糞便由来のウイルスが下水処理場から河川へ流出し、沿岸で養殖されるカキの中腸腺で濃縮され再びヒトに摂食される場合と、感染した食品取扱者の手指が非加熱食品を汚染する場合がある。発生件数は食品取扱者事例がカキ事例を大きく上回り、手指消毒が重要な予防対策である。
2017年1月~2月にかけて、刻み海苔を原因とする分散型広域食中毒事件(4都道府県26施設で患者数2,094人)が発生した。刻み海苔は海苔メーカーが業務用に販売していたもので、裁断加工と梱包は海苔加工業者に業務委託されていた。加工作業者は前年12月下旬に嘔吐等の体調不良があったものの、板状海苔を素手で裁断機に投入したことがわかっており、海苔裁断機とトイレ周辺からノロウイルスGII.17が検出された。仕入れ先に保管されていた刻み海苔からもノロウイルスが検出され、いずれのウイルスも患者由来ウイルスと遺伝子型が一致した。ノロウイルスは刻み海苔のような乾物中でも長期間生存することが実証され、正しい知識の普及と衛生管理の重要性を再認識させた事例である。なお、感染ウイルス量は10~100個と少ない。
カンピロバクター
Campylobacter属には17菌種があるが、ヒトの病原菌はC. jejuni、C. coli、C. lari(いずれも腸炎)およびC. fetus(菌血症、髄膜炎)である。カンピロバクター腸炎の95%以上はC. jejuniが原因で、まれに続発症としてギランバレー症候群(Guillain Barre Syndrome,GBS)を発症することがある。
日本の統計による患者数は約2,000人/年であるが、アメリカおよびイギリスの推定患者数/年は400万人および50万人である。動物の腸管内に生息し、水、乳および食肉を汚染する。アメリカでは、水系感染事例が11事例、生乳あるいは不完全な殺菌乳による事例が26事例(1978〜1986年)報告されている。日本では鶏肉や鶏レバーの生食による事例数が多く、鶏肉から野菜などへの交差汚染による感染も多いので、定量的なリスク評価、規格基準の設定が必要である。なお、前述の食品衛生法改正により、食鳥処理場においてもHACCPに基づく衛生管理が制度化された。
腸管出血性大腸菌(EHEC)
保菌動物はウシ、ヒツジなどの反芻動物で、保菌動物の糞便で直接あるいは間接的に汚染された食品や水の摂取により感染する。感染菌量は100個以下と少なく、ヒトからヒトへの二次感染も多い。毎年、飲食店だけでなく保育施設や高齢者施設などで集団事例が発生している。
典型的な臨床症状は激しい腹痛と下痢で、血便を呈することもある。Vero毒素(VT)等の作用により、幼児や高齢者では溶血性尿毒症症候群(HUS)を引き起こし、脳症を併発して死に至ることがある。起因菌の抗原型はO157が主流で、次いでO26が多いが、O111、O121など非常に多様である。
日本では1996年に全国的に流行し、一般にEHECが知られるようになった。7月には堺市でO157による学校給食集団食中毒事例(患者数9,523人、HUS患者121人、死亡者3人)が発生し、HUS患者の一人は19年後に後遺症で亡くなっている。
2011年5月には、北陸を中心に焼肉チェーン店6店舗においてO111によるユッケ食中毒事例(患者数181人)が発生し、5人もの死亡者を出した。それまでにも牛肉や牛レバーの生食によるEHEC感染が多数報告されていたことから、厚生労働省は同年10月に生食用食肉の規格基準(腸内細菌科菌群陰性/25g)を定め、2012年7月には牛レバーを生食用として販売・提供することを禁止した。しかし、原因食品は漬物や生野菜など多岐にわたり、日本だけでなく世界各地でEHEC感染は減少していない。
Escherichia albertii
2003年にEscherichia属に追加された新興下痢症原因菌で、一部の菌株はVT2サブタイプf(VT2f)を産生する。わが国初の集団事例は2003年7月の福岡市事例(患者数20人、推定原因食品はおにぎり弁当)であり、2020年までに11事例が報告されている。野鳥が代表的な保菌動物であると考えられているが、自然宿主やヒトへの感染経路の実態については明らかになっていない。
リステリア(Listeria monocytogenes)
欧米では集団事例が増加し、アメリカの患者数/年は約2,500人、死者数は約500人と推定される。日本の患者数は少なく、約200人(2011年)と推定されている。易感染宿主では死亡事例が多く、妊婦から胎児への垂直感染もみられる。
本菌は低温や塩漬けでも増殖可能で、冷蔵庫から出してそのまま食べる(ready-to-eat食品)生ハムやスモークサーモン、魚卵製品などが原因食品となることが多い。家畜の腸管に生息し環境を汚染するため、野菜や果物、きのこも原因食品となる。また、加工過程でBiofilmを形成し汚染の原因となる。
アメリカでは、2016年から2019年にかけて韓国産エノキダケによる食中毒が散発的に広域発生し、31人が入院して4人が死亡した。妊婦の感染も6例あり、うち2例は流産となった。イギリスでは、2019年に病院給食で入院患者3人が死亡、3人が重症の事例では原因食品はサンドイッチと野菜サラダであり、病院や高齢者施設での感染対策が強化された。
腸炎ビブリオ
1950年に大阪府南部で発生した釜揚げシラスによる食中毒事例(患者数272人、死亡者20人)から、藤野恒三郎博士らより発見された。魚介類の生食を好む日本では、特に夏季に多い食中毒として長年患者数トップであったが、煮カニによる大規模食中毒(1999年、患者数509人)を機に、2001年食品衛生法が一部改正され、生食用鮮魚介類、ゆでだこ、ゆでがになどに「腸炎ビブリオの規格基準」が設けられた。この基準は、①10℃以下で流通・販売する保存基準、②加工には殺菌した海水等を用いる加工基準、③腸炎ビブリオ最確数100 cfu/g以下または25g中に存在しないなどの成分規格で、これにより腸炎ビブリオ食中毒は激減し、過去5年は事例数0〜2件である。
本菌は世界中の海水に分布しており、日本の食文化が浸透する中で感染事例が増加している。科学的根拠に基づいた日本の予防対策をJICA研修などで強調した。ちなみに、1967年に西ドイツでの腸炎ビブリオに関する調査研究に参加したが、生の魚介類を摂取しないので下痢症患者の検便検査から本菌は全く検出されなかった。
A型肝炎ウイルス(HAV)
ヒト糞便に排出されたHAVに汚染された食品や飲料水の経口感染により、急性肝炎を引き起こす。アメリカではカキや冷凍イチゴ、EUでは乾燥トマトや冷凍ベリー類による事例もある。
日本では、2000年以降年間100~500例の患者が報告されていたが、2018年は926人と急増し、海外の男性間性交渉者(MSM)で流行していた株が日本のMSM間で流行したと考えられている。感染リスクの高い人には、ワクチンの任意接種が勧奨される。
E型肝炎ウイルス(HEV)
E型肝炎は人獣共通感染症として注目されており、日本ではブタ、イノシシ、シカの肉や内臓(レバー)が原因食品となることが多い。急性肝炎の発症は5~30%で、ほとんどが不顕性感染であるが、致死率は1~2%でHAVに比べて10倍高い。
日本では患者数は増加傾向にあり、近年は年間450~500例にのぼる。ジビエ料理の人気で注目される感染症の一つであり、厚生労働省は、十分加熱して喫食するよう注意喚起している。なお、ワクチンは開発中である。
――ありがとうございました。
参考文献 食品由来感染症と食品微生物(仲西寿男、丸山務監修)中央法規出版、2009