2020.11.05 第1回衛生コラム ノロウイルス_後編:ノロウイルス感染予防策に関すること

アルちゃんが、食品衛生や感染症に関する疑問を専門家の先生にお尋ねします!

第1回 衛生コラム

テーマ:ノロウイルス後編(ノロウイルス感染予防策に関すること)

元 堺市衛生研究所長 医学博士  田中 智之 先生
元 大阪大学微生物学研究所 特任教授  武田 直和 先生

ノロウイルスによる感染性胃腸炎や食中毒は一年を通して発生し、特に冬季に多発する傾向があります。
ノロウイルスに関するよくお問い合わせをまとめました。
後編として、「ノロウイルス感染予防策に関すること」です。

石鹸による手洗いをした後、アルコール消毒をする必要がありますか? 

ノロウイルスは培養細胞による増殖が困難なため石鹸による手洗い後の感染性の有無についての判定は不可能です。しかし、同じカリシウイルス科のネコカリシウイルスは分離され、多くの感染力調査実験、不活化試験が試みられています。この試験ではネコカリシウイルス不活化効果は見られませんでした。しかし、75%アルコール消毒液では5分間で104ウイルス量の減少があったと報告されています。 
ノロウイルス感染力の研究は、細胞培養を含めて、継続して研究しなければなりませんが、現時点では石鹸あるいはアルコールによる「一行為一手洗い」を感染予防のモットーとし、手洗い十分に行うことが最も重要です。

生カキは食べていいのですか?他に注意する食品はありますか?

ノロウイルスは、人体腸管内で増殖→便で排出→下水処理場→河川→海洋→カキ体内での海水循環(約1.8ℓ /一時間あたり)➡カキ中腸腺蓄積→ヒトがカキを生で摂食→ヒト体内で増殖→発症→対外排出(糞便・嘔吐物等)のサイクルです。従って、生あるいは加熱不十分なカキの喫食を最も注意しなければいけません。カキ以外ではアサリやシジミなどの二枚貝を生で食べてノロウイルス胃腸炎になった例も報告されています。

ノロウイルス対策は、中心部が85℃~90℃で90秒間加熱することが望ましいと言われていますが、ウイルス数の多い少ないにかかわらず同じ加熱時間で充分なのですか?(ウイルスは目に見えない為、ちゃんと不活化できているのか不安という考えから) 

ノロウイルスの失活には食材の中心部温度と加熱時間が必要、とされることが国際機関のガイドラインに示されています。食用には中心部温度を確実に維持しておくことが必須です。
しかし、フライ用のカキ冷凍食品では、ともすれば中心部の熱処理が不十分で感染性ノロウイルスが残存し、カキフライ喫食で施設内流行に至った例があります。冷凍保存のカキフライは往々にして表面のコロモの色変で加熱を判断しがちですが、高熱でのフライの場合は時間が短くなり、中心部の加熱が不十分、ウイルス生存となりがちです。十分に加熱することが感染予防の第一歩であることを心に留めていて下さい。

食品を取り扱うときは手袋をしたほうがよいのですか?(家庭での場合も含む)

ノロウイルスに感染していても不顕性感染の場合には症状がでません。しかし、その人はウイルスを保持・排泄しています。その人がトイレ後の手洗いが不十分であった場合、ノロウイルスを各所に拡散させることになります。食品を取扱う人の場合には汚染食品を供給していることを意味します。家庭内のように対象食品量が少ないときには一行為一手洗いでよいと思いますが、大量の食材を取り扱う場合は手袋着装は必須です。ノロウイルスに限らず、他の微生物、他の化学薬品についても同様に細心の取扱いが大事です。

感染者と箸や皿を共用することで感染することはありますか?

外国での典型的なノロウイルス食中毒事例を紹介します。食品の回し取り(回転テーブル)で食物を共有していたAグループがノロウイルスに感染しました。他のB, Cグループも同様のテーブルで同じ食物を供用していましたが一人も感染者も出ませんでした。食材が原因でないことが判明し、さらなる情報解析からAグループの一人がノロウイルスに感染したことを知りながらこの食事会に参加した、ということが分かりました。さらに獲り箸はなく各自のお箸で食物を取り飲食していたことも判明しました。ウイルス排出が完治せず、口腔内遺残のノロウイルスが箸を通じて共有食材を汚染したものと考えられました。感染者と箸や皿を共用することは著しく感染の機会を増大させる要因となりえので注意が必要です。

食品取扱施設で働いている場合、下痢や嘔吐の症状があったらどうしたらよいですか?

直ちに職場上司に申告すると同時に、当人は自主休暇を申請し、感染源とならないように自宅待機する必要があります。悪心、嘔吐、軟便等の症状が消失するまで現場復帰をしない。たとえ症状が消失しても、ウイルスは体内に存在している、という自覚、自身が感染源となりうるという自覚のもとに、マスク、手袋、感染防御服を着用することが重要です。
ちなみにノロウイルス感染者の糞便へのウイルス排出期間は成人で約3週間、小児は約4週間と言われています。最初の糞便中ウイルス量は108~1012コピーノロウイルス遺伝子 / g、と極めて多量で、また吐しゃ物中の場合は104~107コピーノロウイルス遺伝子 / mlと言われています。ノロウイルスの感染力は強く 18~1,000 コピー(個)のウイルスで感染が成立すると言われています。
よって、ノロウイルスに感染した場合は長期間ウイルスを排出していることを認識し、しばらくの間は食品を直接取り扱う作業に従事させないようにすべきです。また、仮に食品取扱施設で嘔吐・下痢があった場合、現場は可能な限り速やかに吐物・下痢便等を回収し、その現場は0.02%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液で消毒し、さらにアルコール消毒液でふき取り・乾燥させる。現場処理・清掃時にはマスクの着用を忘れてはいけません。

トイレが汚染源になりやすいって聞きますが、どのくらいの頻度で清掃すればいいのか?
清掃のポイントを教えてください。 

まず次の実態を把握してください。感染者は、
  
①感染初期、大体5日くらいまでは下痢便、軟便です。
②その期間が終わると固形便になってきます。
③時間、場所特定できない突然の嘔吐もあります。
 
①、③では便、吐物の拡散が目に見えています。その都度、便器、手洗いの蛇口、フローア・ドアノブ、 スリッパー等が消毒対象となります。便器内への嘔吐はそのまま消毒薬と共にフラッシュし、フロアーを含めて便器周囲を消毒することになります。しかし、便器外への拡散には広範囲な消毒が求められます。この場合の消毒薬も0.02%次亜塩素酸ナトリウムです。ただし消毒薬を素手で扱うことや、粘膜の消毒に使用することは禁止です。②の固形便の場合は、拡散はまずないでしょうから、便器内は次亜塩素酸ナトリウムで、肛門周囲、手は石鹸で丁寧に洗います。いずれの場合でも、処理後は手洗いとうがいをしっかりやる必要があります。

アルコール消毒ではノロウイルスをやっつけることはできないのですか?

現時点ではノロウイルスに対する消毒効果をTCID50法等の一般的な評価法を用いて評価することはできません。
実際の動物実験等では消毒用75%アルコールではノロウイルスを約1/10以下にしか減少させることができません。ノロウイルスに対して消毒用アルコールは効かないと考えられます。ノロウイルスを完全に失活化する方法は次亜塩素酸ナトリウムによる処理、あるいは加熱があります。

一般家庭、食品取扱者、病院・介護施設、保育園等の教育施設、その他企業でとるべき感染予防対策や注意するポイントは違うのですか? 

基本の対策に大きな差異はありません。晩秋から春にかけてのノロウイルス流行シーズンには情報収集、また予報対策として手洗い・マスク着装が大切です。

嘔吐・下痢症状の場合は、Q6の回答の通りに対処すること。

セキ・くしゃみ等でのウイルスの拡散を防ぐ事、特に食材汚染を防ぐべく細心の注意を払うこと、嘔吐・下痢等の病状が出れば直ちに申告し現場から離脱すること、等があります。

田中先生ならびに武田先生、ありがとうございました。