2024.3.27 第13回衛生コラム 災害時(被災地、避難所)における感染対策のポイント ~「ゾーニング」「環境衛生」「手指消毒」「トイレ管理」が極めて重要~

アルちゃんが、食品衛生や感染症に対する疑問を専門家の先生にお尋ねします!

第13回 衛生コラム

災害時(被災地、避難所)における感染対策のポイント
~「ゾーニング」「環境衛生」「手指消毒」「トイレ管理」が極めて重要~



日本赤十字社医療センターで感染制御活動に従事した後、2013年から東京医療保健大学大学院 医療保健学研究科 感染制御学に着任し2016年より同教授。感染制御に従事する臨床家のリスキリング支援の傍ら、災害時の感染制御支援体制や福祉施設における感染制御体制および人材育成に取り組んでいる。
厚生科学審議会感染症部会委員、東京感染症対策センター(東京iCDC)感染制御チームボードメンバーなど、感染制御に関する様々な役職を歴任。感染制御学博士
 

 今年(2024年)1月1日、能登半島地震が発生し、現在も多くの方が避難所生活を余儀なくされています。近年は、全国各地で自然災害が頻発しており、災害への備えは常に考えておかなければいけない状況となっています。
 避難所での生活で重大な課題の一つが「感染症の予防」です。特に、精神的・肉体的にもストレスがかかる避難所生活においては、微生物やウイルスによる感染症の発生リスクは高くなります。
 そこで今回は、災害時の感染制御対策の専門家であり、2013年の東日本大震災や今回の能登半島地震、2020年の新型コロナウイルス感染症の初期段階でのクルーズ船など、様々な被災地で現地調査や感染制御対策の運用に携わっている菅原えりさ先生に、災害時(被災地、避難所)における感染対策の基本的な考え方や、平時から備えておくべきことなどを伺いました。


新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経験したことによる感染対策の基礎が浸透
~マスク、手洗い・手指消毒、環境衛生、換気など~
 


 被災地や避難所の感染対策で考えるべきことは多岐にわたりますが、今回の能登半島地震の避難所では「マスクの着用」や「手洗い・手指消毒の励行」「頻繁な換気」などを当初から意識され、私たち専門家チームはその実施状況の確認から活動をはじめたということも少なくありませんでした。新型コロナウイルス感染症の感染拡大を経験したことが大きく影響していると考えられましたが、これらの感染対策が今後定着するかは未知数です。この習慣は、今後も維持・継続してほしいです。
 一方、環境衛生(環境の清掃や消毒)の徹底は大切なポイントです。例えば、どの避難所でも「土足禁止」というルールを浸透させるのは、なかなかの労力を要するものです。
 嘔吐物の適切な処理も、非常に重要な問題です。嘔吐物処理に必要な消毒剤やキットは、発災直後にすぐに手配できるとは限りません。また、断水が続いた能登半島地震では、希釈が必要な消毒剤を使用することは難しいことでした。嘔吐物処理では次亜塩素酸系の消毒剤を使用しますが、希釈が必要な次亜塩素酸系の消毒剤が多く出回り、避難所では不評でした。一方、写真1のように調製日を明示して適切に管理している避難所もありました。



写真1

 







トイレの衛生の維持が極めて重要!
 

 

 避難所の感染制御において「トイレの管理」は極めて重要です。トイレの状況によっては、感染リスクが高まります。また、不衛生なトイレを使いたくないという心理は、水分摂取を控える行動につながりかねず、結果的に、災害関連死につながる恐れもあります。トイレを衛生的に管理することは、感染制御上の問題だけではないのです。さらに、今回のように断水が続いている状況でのトイレ管理は特に難しく、残念ながら、トイレを管理する人から、知らないうちに感染性胃腸炎を疑う症状が広がった可能性を示した事例も経験しました。このように、トイレの管理に関して、私たちは常に注目をしていました。
 仮設トイレは被災地には必須で、今回の能登半島地震の避難所にも多くの仮設トイレが設置されていましたが、確認できた範囲でその多くが、和式トイレだったことには驚きました。和式トイレは、高齢者にとっては使いにくく、また汚れやすくなります。過去の災害で経験済みなのですが、今回も同じことが繰り返されました。被災地で使用する仮設トイレは、感染対策の観点でも、洋式が望ましいと考えます。
 それに加えて、メンテナンスの問題もあります。今回の被災地には、浄化装置付きの仮設トイレが登場しました。すばらしいことだと思います。しかし、この機能を十分に発揮させるには性能管理は必須です。しかし、道も寸断され、容易に行き来ができない被災地に設置しても、その後のメンテナンスは容易ではありません。快適な仮設トイレは切望しますが、その設備管理は今後の課題だと思います。






避難所のゾーニングは「どこまで可能か?」を考える
 

 

 集団生活を余儀なくされる避難所では、インフルエンザやノロウイルス、新型コロナウイルスなどが発生した場合の拡大リスクがあります。そのため、まずは各個人および家族単位の居住スペースはそれぞれ可能な範囲で適切に距離を置くことが大切です。つまり、密集を避けることです。
 しかしながら、避難所で一人ひとりが十分なスペースを確保するのは難しく、特に、発災直後のゾーニングは極めて困難です。時間が経てば、徐々に段ボールで簡易的な仕切りを設けたり、テントを設置することも可能になりますが、それでも感染対策の視点ばかりを押し付けても現実的ではありません。感染症が発生しても拡大させない、という意識を持ちつつ、現状の中での最善策を専門家とともに考えていくことが大切です。
 また、ひとたび感染症(実際には疑わしい症状で判断)が発生した場合、「罹患した人の居住スペースやトイレを別々にする必要があるか?」などを迅速かつ的確に判断しなければなりません。これがゾーニングです。ゾーニングとは、ヒトの生活スペースや動線を区切る(確保する)ことです。能登半島地震では、避難所の居住スペースの距離の確保が難しくても、有症状者を別室に移動いただくことや症状によってはトイレを別にするなどの努力がなされていました。私たちもそのように支援しておりました。
 すべてにおいて十分ではありませんが、被災者の皆様、避難所を管理されている皆様の健康を守るため、ご理解をいただきながら、またご負担をできる限り避けることを考慮しながら支援にあたりました。




感染制御支援チーム(DICT)の活動について 

 

 日本環境感染学会が主体となって構成する「DICT」というチームがあります。災害が発生した際、早期に支援の必要性の評価(アセスメント)を行い、「避難所における集団感染症の抑制」に焦点を絞って活動するチームです。
 DICTはDisaster Infection Control Team(災害時感染制御支援チーム)の略称で、2011年の東日本大震災後、社団法人日本環境感染学会の活動の一環として誕生しました。 災害が発生した際、早期に支援の必要性の評価(アセスメント)を行い、「避難所における集団感染症の抑制」に焦点を絞って活動することを目的にしています。
 今回の能登半島地震では、石川県庁から日本環境感染学会にDICTの派遣要請があり、1月3日から約1ヶ月半にわたり現地に入りました。後方支援のスタッフも合わせると約80名が活動に参加し、現地では延べ160ヶ所の避難所を訪れました。避難所では上述のように感染リスクをアセスメントし、必要な支援や啓発を医療支援者、避難所の管理者、そして保健師の皆さんと協働して実施しました。
 また、DICTには学会の有志の賛助企業14社ともチームを組んでおり、避難所のニーズに添った支援物資(手指消毒剤や除菌・洗浄剤等の環境衛生用品、清拭シート、個人防護具など)を提供しました。そして、それらが適切に使用できるよう、ポスターや動画なども迅速に作成し、提供していきました。
 被災地には、たくさんの医療支援チームが入ります。医療チームはそれぞれの役割をもって被災地に入りますが、どのような専門領域であっても共通で行われなければならないのは「感染制御」です。DICTはそれを支えるチームでもあります。



 

平時からの備えが大事、家庭およびコミュニティで防災意識の共有を!

 

 まずは避難時に必要な物の準備をしておくことが大切です。マスクや体温計、個人の手指消毒剤、タオル、ティッシュなど、避難の際に必要になる最低限の物資は常に備えておくことをお勧めします。また、実際に災害が発生したと仮定したシミュレーションもしておくべきでしょう。
 大都市の場合、人口と避難所の割合を考えると在宅非難が推奨される可能性があります。自宅の水道や電気が供給されなくなった場合を想定して、食糧や水などの備蓄をしておくことや、普段から自分の住む場所の水や電気がどのように供給されているか把握しておくとよいでしょう。
 また、コミュニティでの協力体制を構築しておくことも有効です。いざ何かが起きた時、どのように行動するか、近隣の人たちと平時から意識を共有しておきましょう。

 

――ありがとうございました。