2023.09.19 第11回衛生コラム 感染症予防は一人ひとりの基本的な対策から~新型コロナウイルス感染症の5類移行で変わること、変わらないこと~

アルちゃんが、食品衛生や感染症に対する疑問を専門家の先生にお尋ねします!

第11回 衛生コラム

感染症予防は一人ひとりの基本的な対策から
~新型コロナウイルス感染症の5類移行で変わること、変わらないこと~

 

 約2年半にわたり、私たちの生活に影響を及ぼしてきた新型コロナウイルス感染症。2023年5月8日から、その感染症法上の分類が、これまでの「2類相当」から「5類」に変更されました。この変更によりどのような影響があるのでしょうか。厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの構成員を務めるなど、様々な立場で新型コロナ対策に関わっておられる川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長に伺いました。


自分の安全は自分で確認する
 


――5類への移行で最も大きく変わることは何でしょうか?

岡部先生 5類への移行は「法律で人々の権利を制限する必要がなくなった」ということです。これまで新型コロナは未知の部分が多く、かつ世界的に感染が広がっていたため、感染拡大を防ぐには緊急事態宣言やまん延防止等重点措置のように、国として法律上の規制を設けて対処せざるを得ませんでした。しかし、ウイルスに関する知見を蓄積してきたことで、政府は「人々の権利に干渉するような(人々の行動を制限するような)厳しい感染症対策をとらなくてもよい、つまり2類相当の対応をするべきではない」と判断した、ということです。
 
あくまでも感染症法上の分類が変更になったということであり、「もうウイルスはいなくなった」「病気になっても気にしなくてよい、注意しなくても大丈夫な病気になった」というわけではありません。これまでと同様、一人ひとりが「できるだけ感染を広げないよう心がける」という姿勢や取り組みを続けることは必要です。皆さんが横断歩道を渡る時、交通量が少なくても信号を確認して、車が来ていないことを確認するでしょう。感染症対策も同じです。自分の身を安全に守れるかどうかは、自分で考え、自分で確認しなければなりませんし、判断ができる、ということになったということです。


――市民一人ひとりの自己判断の部分が大きくなるということですね。

岡部先生 これからは個々の判断に委ねられる部分が大きくなってくるわけです。その一方で「×人以上が集まると感染の可能性が高い」「会話する時は×メートル以上離れなければならない」といった具体的なルールを国に決めてほしい、と要望されることもあります。しかし、国や関係団体は、基本的な考え方や方向性を示すことはできますが、具体的なルールを細かに示すのは現実的とはいえません。例えば「会話をするときは2メートル離れましょう」とルールを示した場合、それは「2メートル離れていれば絶対に安全」という意味ではありませんし、状況によって感染の可能性は変化します。国が具体的な数値を決めて、個人の行動を法律によって制限することに、あまり意味はないと考えるべきです。
 
あるいは、「マスクの着用(あるいは非着用)をルール化してほしい」といった声も寄せられますが、例えば「マスクのせいで子どもが息苦しい思いをしている」といったように、マスク着用によるマイナス面が大きいのであれば、個々の判断において、ケースバイケースでマスクを外しても問題はないと思います。 



正しい科学情報を見極める能力を
 


――コロナ禍で私たちは、非常事態下での情報発信の難しさ、リスクコミュニケーションの難しさも経験しました。

岡部先生 一例として、以前は連日のように新規の感染者数が報道されていました。たしかに数字は一つの指標や目安になりますが、大切なのは「その数字からどのような情報を読み取るか?」という視点です。例えば患者数が99人から100人に増えた、一桁増えたからといって、感染症対策に本質的な影響を及ぼすわけではありません。しかし人々はその一線の手前か超えたかどうかを大変気にされる。数字の増減に一喜一憂するのではなく、大事なのは、1週間単位、1ヶ月単位といったような単位で数字の変動を把握し、そこから大きなトレンドを察知することです。ただし、そのためには全国の医療機関や研究機関などのデータの電子化、情報収集の体系の一元化などが必要ですから、そこは今後の課題となっていくでしょう。

 

――情報を読み解く力、情報リテラシーが求められるということでしょうか。

岡部先生 この数年、SNSなどの技術の進歩に伴い、情報のスピードが格段に速くなりました。ただし、世間に流布する情報の中には、誤った情報、真偽の怪しい情報もあり、それらを見抜く力が必要となります。情報を発信する人が必ずしも科学的な知識を十分に持っているとは限りません。また意図的にセンセーショナルな情報を流す人もいます。情報の真偽を判断する力を身につけるには、情報をただ眺めるだけでなく、「根拠をもって考える力」あるいはどのような発信源からの情報化を見極める力を養う必要があります。そのための教育の在り方の構築も、今後の重要な課題の一つになってくると思います。
 
感染症や対策に関する正しい知識を持っていれば、感染症をむやみに怖がるだけではなく、適切に備えることができます。知識の底上げやアップデートができるような仕組み、適切なトレーニングを提供する仕組み作りも、今後の課題の一つといえるでしょう。 


危機管理では「平時の監視と調査・研究」が重要
 


――感染症対策の中枢的な役割を担う組織として、9月から内閣府に感染症危機管理統括庁が設置されました。米国の疾病管理センター(CDC)になぞらえて、「日本版CDC」として注目されています。

岡部先生 日本には、これまで危機管理のための独立した組織はありませんでした。その点では重要な役割を担う組織として、大きな期待が寄せられると思います。
 
ただし、一言で「危機管理」といっても、「平時から取り組む危機管理」と「緊急時に対応する危機管理」は似て非なるものとして捉える必要があります。一般の方々は、「危機管理」と聞くと、緊急事態への対応、クライシス対応をイメージするかもしれませんが、感染症対策に限らないと思いますが、むしろ平時の淡々とした取り組みが極めて重要な意味を持つのです。
 感染症の分野の危機管理の基本は、国内外の感染症の動向を日々監視することや、診断や治療などの基礎研究です。平時の調査や研究は、一見すると地味に思えるかもしれませんが、これこそが重要な危機管理といえるのです。実際のところ、コロナ禍を通して専門家が痛感した教訓の一つに「日本の危機管理体制は、平時の活動、基本的な活動が不十分であった」という反省があります。感染症危機管理統括庁には、平時の調査体制や研究体制の司令塔としての役割も求められると思います。
 また、新組織には「科学と政治の調整役」としての役割も求められるでしょう。科学的に正しいことが、必ずしも社会的、政治的に受け入れられるとは限りません。逆に、社会的に求められているからといって、必ずしも科学的に正しいとは限らず、誤った結果となる可能性もあります。科学と政治は不可分な関係ではありますが、それぞれの独立性や透明性を確保しなければ、人々からの信頼は得られません。


――最後に、わたしたち市民が今後、感染症対策として気を付けるべきことを教えてください。

岡部先生 今回のコロナ禍で、多くの市民は、感染症に対して危機意識を持つようになったと思います。また、必要に応じたマスク着用や換気、手洗いなどの基本的な感染症対策をとることが習慣化したと思います。そうした意識や習慣は、今後も継続していくべきでしょう。
 
5類に移行したからといって、コロナウイルスがいなくなったわけではありませんし、仮にコロナがいなくなっても、別の感染症が台頭してくる可能性はあります。5類移行後に感染者数が増える可能性もあるでしょう。行政や研究機関には、平時からの監視や調査研究を継続することが求められます。そして、一般の方々には、日常的な感染症対策を、きちんと続けることが求められます。
 日本は諸外国と比べても手洗いやマスク着用の習慣が根付いていると感じます。2009年に新型インフルエンザのパンデミックが起きた時、日本の国民の多くがしっかりと手洗いをする様子に、海外の方が驚いていました。こうした日常的な習慣が、平時の感染症対策としては非常に大切です。

 

――ありがとうございました。