2020.11.05 第1回衛生コラム ノロウイルス_前編:ヒトノロウイルスの特徴に関すること

アルちゃんが、食品衛生や感染症に関する疑問を専門家の先生にお尋ねします!

第1回 衛生コラム

テーマ:ノロウイルス前編(ヒトノロウイルスの特徴に関すること)

元 堺市衛生研究所長 医学博士  田中 智之 先生
元 大阪大学微生物学研究所 特任教授  武田 直和 先生

ノロウイルスによる感染性胃腸炎や食中毒は一年を通して発生し、特に冬季に多発する傾向があります。
ノロウイルスに関するよくお問い合わせをまとめました。
前編として、「ヒトノロウイルスの特徴に関すること」です。

ノロウイルスはなぜ冬に流行するのですか?夏にノロウイルスはいないのですか? 

ヒトノロウイルスは冬季のみに感染・流行するウイルスではありません。このウイルスが原因の冬季の感染性胃腸炎や食中毒の発生数が格別に多いことから、冬季に流行するウイルスのように思われがちですが、夏季にも流行事例の報告があります。
以下のように、冬季に流行するいくつかの要因が考えられますが、明確な答えはまだ出ていません。
・ノロウイルスに限らず、ウイルスは低温・低湿度では長期生存し感染力も維持されます。また、夏の高温・高湿状態ですと空気中に浮遊する範囲が限られてきます。
・低温・低湿度の冬季の環境では乾燥しやすく、その結果、ノロウイルスを含む飛沫核となって呼吸運動にて簡単に体内に取り込まれ、喉・気管支の粘液と共に消化管に取り込まれます。消化管はノロウイルスの増殖の場です。
・ノロウイルスは様々な経路で感染しますが、最終的には経口で感染します。分かりやすい例として、生カキを含めた二枚貝の喫食があります。特に生カキは冬季に喫食するのが一番美味しいと言われますが、残念なことに冬季ノロウイルス感染の原因のひとつです。
 

ノロウイルスに感染した場合の治療薬はありますか?死に至ることはありますか?

現在のところノロウイルス治療薬は開発されていません。症状として特に悪心・嘔吐、下痢、発熱が主な症状で、嘔吐などは10回以上に及ぶことがあります。頻回の下痢では急速な脱水状態となり水分の補給が極めて大切になります。嘔吐による誤嚥性肺炎や吐しゃ物による窒息・呼吸困難は高齢者の死亡率が高くなる原因の一つです。

ノロウイルスにはインフルエンザのような予防するワクチンはありますか?

ご存知のようにワクチンとは無毒化あるいは弱毒化された抗原(微生物、タンパク質)を体内に投与することによってその抗原に対する抗体の産生や免疫力を獲得することです。それ故抗原と抗体とは「カギとカギ穴の関係」と言われるような反応形態(特異反応)をとります。インフルエンザワクチンは細胞でウイルスを増殖させ、それを不活化したものです。これを接種することによって宿主がインフルエンザウイルスに対して反応する抗体を産生し、感染を予防します。
ノロウイルスも原則的には上記の方法でノロウイルスに反応する感染防御抗体の産生を目指しています。しかし、残念なことにノロウイルスを産生する培養系がいまだに確立出来ておらず、インフルエンザワクチンに用いられている方法でノロウイルスワクチンを作製することはできません。これに代わる方法として、ノロウイルスでは分子生物学的手法から作製された中空粒子(VLPs)があります。ノロウイルスワクチンとして有望ですが、積極的にワクチンとしての接種にまでは至っていません。
追加:直近のニュースでは、植物を介した遺伝子組み換えノロウイルスワクチンの第一相臨床試験(P1)が開始された、というニュースがあります。


ノロウイルスにはインフルエンザのように強毒性のものはありますか?

ヒトに感染するノロウイルスは遺伝子解析の結果からGI, GII, GIVの3群に分かれ、さらにGIは1~9, GIIは1~19、GIVは1~2の遺伝子型に細分類されることが分かりました。感染力には多少の差はあるかもしれませんが特に強毒性のウイルスは報告されていません。しかしながら、その中でもGII.4型ノロウイルスは感染力が強く毎年のように大流行発生の原因ウイルスとして広く注意が求められています。現在、ノロウイルスは48の遺伝子型を構成する10の遺伝子グループ(GI~GX)が知られており、上記の遺伝子型以外のどの遺伝子型が人に感染力を持つのか現在研究が進められています。

食中毒と感染症の違いはなんですか?

食中毒とは細菌、ウイルス、寄生虫、ふぐ毒やキノコ毒それに腐敗微生物、毒素などに汚染されている食物、飲料水等を摂取することにより腹痛、嘔吐、下痢等が発症する疾患を言います。一方、感染症は、広い意味では食中毒もその範疇に入ると考えられますが、病気の原因が食品に含まれる微生物だけでなく、呼吸器(空気)を介して、あるいは感染性微生物との接触によって、および医療行為、ペット等との接触が原因で発生する疾患、さらには母体内での先天性母子感染などの疾患を言います。ノロウイルスは食中毒と感染症(急性胃腸炎)の両方を引き起こす病原体と言えます。

ノロウイルスによる食中毒が発生すると、なぜ患者数が多くなるのですか?

ノロウイルスによる食中毒の場合、その原因は汚染された食品の喫食、あるいは汚染飲料水を摂取することから始まります。大流行の多くは共通の汚染食材によるものです。また食品汚染源は調理人であることが多々あります。好例は学校給食です。同じ汚染食材を全校生徒が喫食するわけですから発症する患者数は莫大になります。しかし、すべての生徒が発症するわけではありません。幸いにして汚染食材支給を逃れた生徒(人)、汚染食材のウイルス量が少なかった人、また、中には過去のノロウイルス感染を体験した人の多くは感染から逃がれています。多数の施設入居者にみられるノロウイルス食中毒発生は介護老人保健施設でも例外ではありません。また、ノロウイルスの主症状の一つに嘔吐があります。嘔吐後、迅速な消毒措置を施さない限り吐物が乾燥し、ウイルスが空中を漂い空気感染の原因となって新たに多数の感染者が発生することも観察されています。

1シーズンに2度、3度と感染することはありますか?ある場合、2度目、3度目は免疫がついて症状が軽い、ということはあるのですか? 

感染症には病気を発症する有症者と感染してはいるものの症状を示さない無症状者があります。ノロウイルスも例外ではありません。ノロウイルスの場合、初感染には嘔吐下痢症の臨床症状が出る場合が多いですが不顕性感染者(無症状者)もいます。その診断はPCR遺伝子検査でしか感染の有無はわかりません。
2度目、3度目のウイルス感染の場合は、同じ遺伝子型をもつウイルスの感染であれば、初感染で獲得した抗体はウイルス増殖に大きな役目、増殖阻止を果たし、臨床的には不顕性か無症状と考えられています。しかし異なる遺伝子型の場合は同じ抗体の役目は低く、有症すなわち症状がでるものと思われます。