2023.06.27 第10回衛生コラム 薬剤耐性におけるワンヘルス -愛玩動物に由来する薬剤耐性対策-

アルちゃんが、食品衛生や感染症に対する疑問を専門家の先生にお尋ねします!

第10回 衛生コラム

薬剤耐性におけるワンヘルス -愛玩動物に由来する薬剤耐性対策-

岐阜大学大学院連合獣医学研究科 浅井 鉄夫 先生

薬剤耐性におけるワンヘルスについて、アルボースセミナー2019でご講演いただいた 浅井 鉄夫 先生にお尋ねしました。

1.薬剤耐性対策の必要性

 2014年「薬剤耐性菌をこのまま放置すれば、2050年には年間1,000万人の人が薬剤耐性菌で死亡する」と報告したオニール・レポートにより、世界各国が薬剤耐性菌に対する危機意識を持ちました。そのレポートでは、推測された2050年の薬剤耐性菌による死亡者数は2013年のがんによる死亡者(年間820万人)を上回ります。その後、国際的な医学雑誌で2019年度の推計では年間127万人と報告され、2050年に向けてさらなる薬剤耐性対策が必要となっています。



2.薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027)

 2015 年5月に世界保健機関(WHO)総会で「薬剤耐性(AMR)に関するグローバル・アクション・プラン」が採択され、2年以内に加盟各国が自国のアクションプランを策定することとなりました。我が国でも、2016 年4月に開催された「国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議」において「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2016-2020)」が策定されました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のまん延にともなって2022年度末まで延長しましたが、本年(2023年)4月に新たな「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027)」が公表されました。薬剤耐性に関する知識、理解に関する普及啓発・教育活動の推進、薬剤耐性菌や抗菌薬使用に関する実態把握、適切な感染予防・管理と抗菌薬の適切な使用、薬剤耐性(AMR)に関する研究、薬剤耐性菌による感染症の有効な予防・診断・治療の確保といった取組み目標があげられています。



3.愛玩動物から分離される薬剤耐性菌の割合は家畜より高率

 「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2016-2020)」によって、厚生労働省により薬剤耐性ワンヘルス動向調査検討会が組織され、人、家畜、愛玩動物、畜産物、環境、野生動物の薬剤耐性菌や抗菌薬の使用量などワンヘルスに基づく年次報告書が公表されています。その中で私たちに身近な愛玩動物から分離される薬剤耐性菌の割合は家畜より高率とされています。したがって、家庭内で同居家族と生活空間を共有する愛玩動物とその家族の間で、薬剤耐性菌が相互伝播する危険性を注意しなければなりません。



4.手を介して伝播する薬剤耐性菌を含む病原体を予防する基本的な対策 ー手指衛生ー

 医療分野では、手指衛生は手を介して伝播する薬剤耐性菌を含む病原体を予防する基本として取り組まれています。これは愛玩動物分野でも同様で、動物病院で働くスタッフにより来院動物から他動物への病原体の伝播を防止しなければなりません。動物診療施設に勤務する獣医師や動物看護師等25名を対象に、手洗い前後の細菌数の変化を調査しました(参考文献1)。実施した手指洗浄は、手指を水道水で濡らし,手掌部に市販の液体洗剤を付け泡立て擦り合わせた後に,水道水ですすぎを行い,ペーパータオルで手を拭くという一般的なものです。動物診察後、大腸菌群は25検体中11検体(44%)から分離され、分離された検体の大腸菌群数は, 4.0×102~6.4×105 CFUでした。手指洗浄後には大腸菌群は大幅に減少し、25検体中2検体からわずかに(20 CFU、2.6×102 CFU)分離されました。一方、ブドウ球菌群は動物診察後の全検体から分離され、4.0×102 ~1.4×106 CFUでしたが、手指洗浄後においても25検体中23検体から分離され、手指洗浄後のブドウ球菌群数が洗浄前の10分の1以上減少した被験者は8名(32.0%)と十分な洗浄効果は認められませんでした(表1)。このように、通常の手洗いは手指表面のブドウ球菌群数を減少させるには十分ではなく、アルコール消毒なども併用する必要があります。

表1 動物接触後における手指洗浄の実施状況及び洗浄前後の細菌群の検出状況

 

5.飼育動物から多剤耐性Staphylococcus pseudintermediusに感染疑い事例も

 ブドウ球菌はペットの体表に分布しています。犬の皮膚や粘膜にはブドウ球菌の仲間であるStaphylococcus pseudintermediusが常在し、その菌が増殖することで膿皮症などの皮膚炎をおこします。我が国でも飼育動物から多剤耐性Staphylococcus pseudintermediusに感染したことが疑われる菌血症事例が報告されています。また、獣医療スタッフと来院した動物の間でのメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA:methicillin-resistant Staphylococcus aureus)感染の事例もあります。飼育動物のトイレ掃除や汚物の処理をした後には、手洗いしてアルコール消毒する飼い主さんも多いと思います。ブドウ球菌が愛玩動物の体表に分布することを考えると、頭や背中をなぜるなど飼育動物を直接触った後も手洗いするだけではなく、アルコール消毒を欠かさないようにすることも大切です。

        



6.飼い主が日常生活で注意すること

 飼い主とその家族と生活環境を共有する室内飼育動物が増加し、薬剤耐性菌を含む微生物がペットと人の間で相互伝播する可能性が大きくなりました。飼育動物の体調が悪くなれば動物病院で診察を受け、適切に治療してもらうことが重要です。原因によっては、使用する消毒薬の種類も検討しなければならないし、人にうつる病気もあるので注意しなければなりません。また、動物病院で抗菌薬が投与・処方されれば、動物の体内で薬剤耐性菌が急激に増加し、少なくとも1~2週間はその状態が持続します。その時期には、飼い主さんは飼育動物との接し方や飼育環境、室内飼育の場合には生活環境の衛生管理について特に気を遣うようにお願いします。


 



7.まとめ

 ワンヘルスは人-動物-環境が感染症の相互伝播に大きく関わっていることから広く普及した概念です。そして、気分転換や観光で楽しむ大自然の中には、様々な動物が生活しています。また、私たちの身の回りには愛玩動物だけでなく、ハトやカラスなどの野鳥も生活しています。どんな動物がどんな薬剤耐性菌や病原体を保有しているかは調査段階で、すべてが解っているわけではありません。COVID19のパンデミックの結果、ほとんどの家庭にアルコール消毒スプレーなど消毒用品が普及し、消毒薬は身近な存在になりました。手指衛生を含む感染症対策には継続的に取り組んでください。

 

 



参考文献:村上麻美,浅井鉄夫,山本眞由美 愛玩動物に関連する薬剤耐性菌の伝播防止に向けて 岐阜県獣医師会報64(1), 5-7, 2023.